『髑髏城の七人』Season月(上弦の月)_2018/2/4夜

  本音を言えれば 今のままいたい

 その因果は私で消したい

 覚悟はとうの昔に していたけど*1

 一幕終盤、極楽太夫が歌い上げるその歌の歌詞を理解してからは、ずっとあのメロディが心から離れない。「森蘭丸」を「無界屋蘭兵衛」にした人は、天魔王が髑髏城で戦の狼煙を上げるより早く、捨之介が斬鎧剣を手にするより早く、蘭兵衛が蘭丸に再び戻るより早く、とうに覚悟を決めてしまっていた。

 花髑髏を観ていた頃は、やっぱり「蘭兵衛この野郎……!!」という気持ちが強かった。花髑髏のだいすきな場面の一つは、無界の里を襲撃し尽くした蘭丸が、太夫に刃を振り上げたまさにその時に、嵐のように兵庫が割って入る瞬間だった。青木兵庫の大きな身体が転がるように舞台に出て来ただけで心の底から安心したし、正直、やっちまえ!!と思った。けれど上弦は、もっともっと痛々しいのだ。花蘭兵衛さんは、後悔しているようには観えなかった。蘭兵衛は蘭丸の一部であり、きっかけさえあれば、蘭兵衛であることを自ら選んで捨てることができる人間に観えた。だからなおのことなんで、という気持ちが強まって、彼の選択への悔しさが募った。だが月髑髏における無界屋蘭兵衛は選んでいるか。わたしは上弦下弦そのどちらにおいても、無界屋蘭兵衛は選んではいないと解釈している。ただ、あるべきところに戻っただけなのだと。

 

 この世一人のまことだから

 きみの生きたいように

 最近、『髑髏城の七人』とは、それぞれが抱き続けていた無念を晴らすお話でもあるのではと考えている。捨之介の「今度は間に合わせる」という台詞はわかりやすいが、霧丸は誰かの犠牲の上に生きることをやめ、兵庫はかつて人を斬ったことを認めて、もとは農民であることも認める(兵庫が農民であったことを否定的に捉えているのは、その記憶に、人を斬ったことが必ず付帯するからだと思っているが、それは考え過ぎかもしれない)。

 極楽太夫は、霧丸との会話に関西弁を使う時点で西国の故郷を捨て(小説版を読むと、彼女たちに故郷という概念はないのかもしれないが)、関東へ逃れたが、今回ばかりは自分たちの土地、里への執着をはっきりと明言する。そして蘭兵衛は、「今度こそ天とともに生きる」。彼の無念は、死でもって晴らされる。

 あたしがあんたの想い人だったら良かったろうに。極楽太夫を観ていると、ふとそんな言葉がよぎる。織田信長と極楽太夫は、もしかして年齢が近いのではと想像してしまう。太夫は蘭兵衛と恋人関係になりたいわけではなく、蘭丸を解放できたのは織田信長だけだと知っている。だが自分がもしも織田信長であったなら、彼にあそこまでの後悔を背負わせはしなかったとも思っているように観えるのだ。恋愛関係ではなく、ただただその人間のしあわせを願う時。その人をおよそしあわせとは反対方向に導く存在がいたとしたら、成り代わりたいと思うのは当然の人情だろう。

 

 怖い目を きみはしていた

 初めて出逢った頃のような

 「いくよ、霧丸」。きっと太夫は、蘭兵衛が髑髏城に向かうと知っていた。くすぶり続けた熾火が、爆ぜる理由を見つけてしまったことに気が付いている。だから一度止めはしても、思い留まらせられるのは、せめて霧丸だけだと理解している。捨之介を「いい男」と言う彼女は、過去を乗り越えつつある存在の登場に安堵しつつ、それが発端となって、過去が無界の里まで到達し、大切な人間を搦めとってしまう未来まで覚悟したのではないか。

 ふと、与謝野晶子の『君死にたまふことなかれ』を調べた。人を殺して自分も死ねといって、あなたを育てたのでしょうか。その投げかけは、蘭丸と天魔王に向けられた殿の最後の言葉のようにも思える。「この世ひとりの君ならで ああまた誰を頼むべき 君死にたまふことなかれ」この世であなたはひとりではないのです。ああ、また誰を頼れば良いのでしょうか。弟よ、死なないでください。

 

 月影が満ちた有明 これほどに短く儚く

 現世の轍に咲かさるる 蘭の花の純情

 終わると知っていてもなお、もしかすると蘭兵衛が「捨てられる」のではないかと期待する。その優しさが、結局は無界の里を滅ぼしたことを理解しているから、極楽太夫は無界屋蘭兵衛を殺せる。なんで、と叫んだ後、燃える里の中で、家康でなく自分を殴る太夫は、自分が決着を付けるべきだと覚悟したのではないか。それは「蘭丸」に言葉を遺した殿とは違う、「蘭兵衛」に対する優しさだ。

 

 手前勝手な解釈を述べたが、月髑髏だからこそ妄想できる救いの在り方は、キャスティングを知った時には想像もしなかった。未だに上弦を幾度も観たいと思ってしまう理由はわからない。残り少ない公演期間であとどのくらい受け取れるか、まるで月影をつかむようなマネをしながら、明日も豊洲へ向かう。

*1:劇中歌の歌詞は全部記憶頼りなので間違っているかも