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ALTAR BOYZ Team GOLDに出会って

 信じてるきみを、と歌われた時、観客である私たちも信じられていると思えた。きみの街に来る、と呼びかけられた時、それは私たちの街だと感じた。大人になることの難しさに直面しているのは、自分だけではないと確信した。これからなにをするのか、魂を鍛えなきゃ。なぜなら『ALTAR BOYZ』は永遠だから。

 

 3年前とある作品をきっかけに、私の観劇ライフは始まった。観劇回数が増えるにつれ、「推し」ができ、俳優さんの単独のライブや、バースデーイベントに通ったりもした。けれどいろいろなことがあって、少しだけ、寂しい気持ちを抱えていた。

 最近は、「観る」「観ない」の二択が、「何列目で観るか」「千秋楽を観られるか」「どんな日替わりがあるのか」、いろいろな基準が自分の中で生まれてしまって、最初の頃に夢中で舞台を観ていた自分とはかけ離れ始めているように感じていた。どこで観ても楽しかったのに、必要以上にチケットを手に入れて、座席位置に一喜一憂する。譲渡や交換で揉めたことはないけれど、そもそもネットの海の中で誰かを探すことに単純に疲れもする。

 だったらやめてしまえばいいのに。けれど「観劇は、失うには大き過ぎる趣味だった」。

 

 『ALTAR BOYZ』は最初、LEGACYチームだけを観劇する予定だった。だが2チーム同時公演というのは珍しいし、興味本位でGOLDのチケットを1枚だけ手に入れていた。そんな昨年末、私は『Club SLAZY』に出会い、Actさんに出会った(『Club SLAZY』に関して今回は省略するが、初演の『Garnet Star』は振りを覚える状態まで夢中)。

 この人を生で観てみたいな。単純な思考。「観るか」「観ないか」の二択。プレビュー公演、Twitter経由でチケットを譲って頂いた。眩しい。とにかく眩しくて、観ているだけで楽しい。今、目が合った!と、バカみたいな錯覚をして、歌声を刻み付けるように聴いて、1dBでも拍手を大きな音にしたくなった。

 

 「今なんにも考えてなかった!」夢中で観劇していると、私はよくこんな言葉が頭をよぎる。『ALTAR BOYZ』ではそんな状態がずっと続いた。オリジナルキャストの音源は事前に聴いていて歌詞は大体把握していたけれど、生は違う。もう目の前の情報を受けとめるだけで精一杯。アルターボーイズと生バンドがカッコ良過ぎて、段々脳が麻痺していく快感。

 プレビュー公演、途中でフアンちゃんの誕生日を祝い出した時には、もしかして本当に誕生日だったの?ラッキー!!と思ってしまうほど没入した。起承転結に見事に各々のソロ曲が組み合わされ、そして私が大大大すきな「繰り返し」。これには意味があるって。

 

 帰り道、ガタガタになっていた観劇における自分の判断基準を、自分自身がまた信じ始めているのを感じた。歌舞伎町のアーチをくぐりながら、あの時の私、チケットを買っておいてくれてありがとう!!と万歳したいくらいだった。3年間続けた趣味をまだ続けよう。この楽しさは他では絶対に得られない。

 気がつけばTeam GOLDは6回、Team LEGACYは2回観ることにしている。3年前、千秋楽の当日券にものすごくドキドキしながら並んだあの日と同じ。とにかくただ純粋に……観たい。

 

 彼に対する情報はわずかなのに、リーダーになるために生まれてきたと一番信じられるマシュー。客席に向かって時に辛辣な言葉を投げ掛けながらも、一番優しいマーク。かわいいだけかと思っていたら、一番つらい試練に晒され、それを直視する強さを示すフアン。私はフアンの「開きなさい」という台詞が大すきだ。なにも考えていないようで、単純に行動することの価値と、一番の真理を突いてくるルーク。そして偶然を信じ、自分の信念を貫く意味を一番体現するアブラハム

 プレビュー以来、アルターボーイズの存在は私の心に住むようになって、ずっと励まし続けてくれている。たった2時間の記憶が星座のように、これからを少しだけ照らしてくれているような。

 Team GOLDの公演は、あと3回。