ミュージカル『SMOKE』再再演:結局、彼も捨ててしまったんだね

 「どうすればよみがえる?」終盤、歌われる言葉のひとつだ。忘れてしまった情熱、愛情、夢は、どうすれば甦らせることができるのだろう。Musical『SMOKE』、浅草九劇での再再演を繰り返し観て、わたしはわたしのこころが軽くなり、癒着してしまった自分の袋の口が、ゆっくりと剥がれるような感覚を覚えている。作品を自分に近づけ過ぎているかもしれない。偉大な芸術家でもないのに、李箱の人生をここまで隣人のように思うのはなぜなのか。

 

 初演、再演での自分の感想を読み返し、どうして忘れてしまえたのだろうと驚いた。劇場へ通った日々を遠くへ押しやり、目の前の仕事を真面目にこなせば、漠然と「いいこと」が起こるような気がしていた。仕事では、自分が本当にやりたかったことを少しだけ果たせた。男たちのなかに紛れ、女だからと軽んじられ、それでもがむしゃらに時間を費やして勝ち取った成果。だがわたしはものすごく疲弊し、そして「紅」が語る物語の少年のように、自分のこころに袋をつくり出していたのだと実感した。誰しもがその大小に差はあれ、きっと袋を抱えて生きている。いやこの状況下では、袋は社会全体に重くのしかかっているといっても過言ではない。

 

 再演で、「海」が袋を手放したのはいつなのだろう?と思ったことがある。その答えは未だにわからない。袋を手放してから、鏡像に人生を任せたことは確かだ。「肺病で血に染まりながら、誰にも理解されない文章を書く、つまらない物書きの人生」を李箱は「超」に任せた。だが超は、「ずっとあいつに会いたくてさ」とも語っている。紅を暗い鏡の中に閉じ込めてから、それなりの時間が経って(「わたしよ、わかりませんか」のシーン)いそうだが、海と超もまた長らく入れ代わり続けていたような言葉が散らばっているのだ。

 もうひとつ、紅は「つまらない文章」を超が書き続けていたことを知らない。もし超が任された人生が、拘置所に入ってからの数日ないしは数ヶ月のものではなく、数年、十数年のものであったなら、この物語はまた違う意味合いを帯びる。十四歳。満二十六歳と三ヶ月を迎えた李箱先生。主人と代理人が入れ代わり続けた人生の顛末が、数時間のミュージカルに凝縮されているのだとしたら。そして終わり方だけを考え、自らの人生を手放していた人間が、最後の最後には自分を愛し、また自分に愛される結末を選んだのだとしたら。

 

 題名の如く煙に巻かれ、きっとこの答えは最後まで得られないだろう。だが得る必要もない。時間軸の解釈は、実はキャストごとに微妙に異なるのではないだろうか。もしくは、ひとつの正解があったとしても、それが組み合わせの妙や受け手によって揺らぐように設計されている。その揺らめきが、一世紀近く異なる時代を生きた詩人の人生を、わたしたちの手許まで引き寄せる。初演、再演より手触りの恐怖感を持つ、「肺病病みの思想は、危険ではないらしい」という台詞。それはこの国でワクチンも打てず、軽んじられたわたしたちも経験した痛みだ。命を軽んじられ、顧みられることすらない。生きていても死んでいても構わない、「剥製のような人生」だけを他人から許可される悔しさ。百年前も自分と同じように悩み、苦しみ、そしてそれでもなお翔ぼうとした人間がいた。わたしにとってはやはりMusical『SMOKE』は讃歌であり、そして夭折した隣国の詩人を友人のように思う。

 あなたが書いた作品が、こうして音楽を得、異国の言葉で語られ、それでもなお光を放っている。この揺るぎない事実こそが、彼の人生が甦ったことを、たしかに示し続けている。

 

 つらつらと書いたが、個人的にはものすごく感動した回があって、もう翼をもらってしまった気分なんですよね……Nブロックのほぼセンターに座っていたら、海と超が鏡合わせのシーンで、ちょうど舞台セットの黒い木枠がふたりを分断して、もう叫び出しそうなほど感動した。ここにもまだ仕掛けられていたのか、負けた……脱帽……という感じです。こうめいさん天才。前回も書いたけど、感染予防対策を作品に織り込むのは、至難の技だと思います。人間、制約を制約だと思わないのはなかなか難しいことです。

 再演は20回観ていたらしい(2年前のわたしは、どう仕事をやりくりしていたのか教えて欲しい笑)。ただ繰り返すことでやはり先入観をもっていたと反省したのが、「変われるものなら変わりたいさ」を「代われるものなら代わりたいさ」と書いていたこと……これ、完全にリピーターの書き方で気持ち悪いなってなった。"Instead of"ではなく"change"のほうだよね、多分……

 わからない、ここまで来ると台本が欲しい!!韓国版が観たい!!ワクチンパスポートくれ!!ちなみにまだ全キャストさんを観れていないので、ここからまた大きく受け取れるものが増えそうで本当に楽しい。それにしても大山海と池田紅の初演メンバーは本当に集大成……でもずっと観たい。終わらないでMusicalSMOKE』!!

 あとわりかしマジでみんなどこで「袋」を捨てたと思っているのか気になる……わたしは「超」が入れ代わったのは投獄される前後だと思い込んでいたけれど、再演で「あれ?」と思ってからずっと気になっていて。考え過ぎかなあ。

 Disney+で配信中の"What if...?"、ストレンジ先生の回がMarvelシネマティック『SMOKE』だから加入している人はみんな見てください。